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福岡高等裁判所 昭和50年(う)41号 判決 1975年12月17日

被告人 大城康義

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人本永寛昭ほか二名共同作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検事武内徳文作成名義の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、いずれも、これを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。

一  控訴趣意第一点(法令の解釈適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、軽自動車による軽車両等運送事業は、他人の需要に応じ、有償で、貨物を運送する事業をいうものであるが、貨物の運送に随伴して荷主若しくは旅客を同乗させることは、右事業の範囲内に属する正当な業務行為であると解すべきであるのに、右事業の遂行にあたつては、貨物に随伴して荷主、旅客を軽自動車に同乗させることは原則として許されないとの前提に立ち、被告人の原判示所為が道路運送法四条一項に違反し、同法一二八条一号に該当すると判示した原判決には、法令の解釈適用の誤りがあるというものである。

よつて、所論にかんがみ、道路運送法および関係諸法令を仔細に検討して審案したが、原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りは存しないとの結論に達した。以下順次判断を示すこととする。

(1)  道路運送法は、その第一条に定めるように、道路運送事業の適正な運営および公正な競争を確保するとともに、道路運送に関する秩序を確立することにより、道路運送の総合的な発達を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的とするものであつて、この見地から道路運送事業に対し種々の規制を設けている。(イ)とりわけ、同法三条二項三号にいう一般乗用旅客自動車運送事業、(「一個の契約により乗車定員十人以下の自動車を貸し切つて旅客を運送する一般自動車運送事業」)にあたる、いわゆるタクシー営業については、右の趣旨に副つて厳格な条件のもとに免許制度を採用し、輸送の安全、旅客の利便等の確保のため事業者に対し種々の規制を設けているのみならず、その自動車の運転者についてもその資格要件を運転技術、能力、経験等の面において優れている、いわゆる第二種免許取得者に限定し、もつて旅客の生命、身体の安全を確保し、円滑な道路運送事業の発達を図つているのである。(ロ)一方、軽自動車による軽車両等運送事業(以下「軽貨物運送事業」という。)については、同法二条五項に「他人の需要に応じ、有償で、軽自動車を使用して貨物を運送する事業をいう。」と規定され、道路運送法施行規則五七条により、一定の書類を提出して届出ることを要する(このこと自体一種の規制である)が、この届出を経由しさえすれば、その事業を行なうことができるものとされ、右のタクシー営業の場合とはもとより、同じく貨物の輸送でも同法三条二項四号、五号にいう一般路線貨物自動車運送事業や一般区域貨物自動車運送事業の場合とも異なつて、前記のような免許制度を採用していない。このことは、要するに、軽貨物運送事業は、それが旅客ではなく貨物を、少量、かつ、近距離間運送するにすぎないところから、人の生命、身体の安全ないし公共の福祉に深くかかわる輸送力の確保、調整という見地からの規制を目的とする免許制度は必要ではないとの考えに立つものと解される。

(2)  以上のような道路運送法および関係法令の趣旨、目的等に徴すると、軽自動車が、有償で、貨物をではなく旅客を運送することは、タクシー営業に関して設けられている前記のような厳格な規制を潜脱するものとして、道路運送法により禁止されているものといわなければならない。したがつて、軽自動車を以て有償で旅客の運送を行なうことは、もはや軽自動車運送事業の範囲を逸脱するものとして、違法というべく、換言すれば、軽貨物運送事業を遂行するに際し、荷主等の旅客を乗車させてこれを運送することは、貨物の運送に随伴する場合であると否とにかかわらず、もしその旅客の運送について、有償性を帯びるものと認められる限り、違法といわざるを得ない。

(3)  そこで、有償で旅客を運送したといえるかどうかの基準について案ずるに、まず、人は貨物ではないという平明な理に立つて、運送の対価としての有償性が全体として旅客の運送に向けられているか、はたまた貨物の運送に向けられているかに着目することから出発しなければならない。そして、具体的には、タクシー(タクシー業務適正化臨時措置法二条一項にいう「タクシー」をいう。)の旅客が、タクシーに乗車するに際し携行品としてタクシー車内に持込み、かつ、旅客と同時に運送させることが社会通念上相当とされ、したがつて、タクシー事業者においても貨物の運送になるとしてその運送を拒否することが許されない程度の貨物については、運送の対価としての有償性は旅客の運送に向けられていると解されるから、この程度の貨物を携行して荷主が同乗し、軽自動車が有償でこれを運送することは、その実質において、タクシーの運行と異ならず、社会通念上、旅客を有償で運送するものと判断せざるを得ない。

これに反し、右の限度を越える貨物、すなわち、旅客がタクシーに乗車するに際し、携行品としてタクシーの車内に持込み、かつ、旅客と同時に運送させることが社会通念上相当とはされず、したがつてタクシー事業者においてその運送を拒否することが許される程度の貨物、たとえば、臭気を放つ多量の魚貝類、泥土の付着する多量の野菜類、家畜類および一個または数個の容積または重量の大なる物などを運送するに際し、その貨物の看守または積み卸しのために、荷主等が同乗する場合には、社会通念上貨物の運送と認められるから、対価としての有償性は全体として貨物の運送に向けられ、旅客の運送については、未だ有償性を具備するものとまでいうことができないものと解するのが相当である。

(4)  これを本件についてみるに、原判決が認定したところによれば被告人が原判示後原タマを乗車させたときには、同人はかまぼこ約七本入りの紙袋およびみかん三斤入りの紙袋合計二個の紙袋を所持していたにすぎず、また原判示大野昌子ほか一名を乗車させたときには、同女が缶ミルク二個、菓子類四個等を入れた紙袋一個(重さ約三・五斤)を所持していたにすぎなかつたというのであるから、前説示のとおりこれを社会通念に照らせば、右後原タマの所持にかかる紙袋二個および右大野昌子の所持にかかる紙袋一個は、いずれも、旅客がタクシーに乗車するに際し、携行品として車内に持込むのが当然とされる程度のものであり、したがつて、被告人の原判示二回の行為は、いずれも、有償で旅客を運送したものといわざるを得ない。そして、原判決の認定したところによれば、被告人は右のような運送行為を反覆継続する目的をもつて、原判示各所為に出たというのであるから、被告人の原判示各所為は道路運送法四条一項に違反し、一二八条一号に該当するものというべきである。

(5)  所論は、軽貨物運送事業においては、原則として荷主等を運送することはできないと解することは、従来の実状にそぐわず、現在の需要状況を無視するものである旨主張する。成程、当審における事実取調の結果等を審案すれば、八重山地方における軽貨物運送事業の実態が、かなりの程度住民の生活に根ざし、その需要にこたえているものであることが認められるが、従来なかには、本来タクシー運送に頼るべく、また頼りうる場合にまで、軽貨物運送によつてまかなつてきたもののあることも同時にうかがえるところであつて、この部分の需要を抑止することになるからといつて、そのような法の解釈適用の硬直さを非難することは当らない。ひるがえつて、本件事案は、右にみたとおり、元来がタクシー営業の厳格な法規制を潜脱する違法な行為であると目さざるを得ないのであつて、従来の需要のうち早晩抑止されるべきものであつたのであるから、結局所論主張は採るを得ない。

また、所論は、原判決の前示のような解釈のもとでは、旅客運送の有償性の有無をめぐつて取締当局の職権が乱用される危険性が大であり、軽車両等運送事業の健全な発展が阻害される旨主張するが、そのような危険は、さきに示した基準に則つて、法の具体的な執行がはかられ、その集積によつて漸次取扱い方が整序されることによつて払拭されるべきものであるから、かかる理由を以て法の解釈適用を曲げることは到底できず、所論は採用の限りではない。

(6)  以上のとおりであつて、被告人の行為が道路運送法一二八条一号、四条一項に該当するとした原判決の判断は正当として是認できるのであり、原判決に所論のような法令の解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、被告人は軽貨物運送事業の認識をもつて原判示所為に出たものであつて、いわゆるタクシー営業を行なう意思は全くなかつたから、犯意を欠くものであるのに、被告人はタクシー営業を行なう意思のもとに本件行為をなしたものであると認定した原判決には、事実誤認の違法があるというものである。

よつて、審案するに、道路運送法四条一項にいう一般自動車運送事業の経営をする意思とは、他人の需要に応じ、自動車を使用して有償で反覆継続して運送行為を行なう意思をいうものと解すべきところ、原判決挙示の証拠を総合すれば、被告人は、二回の運送行為のうち一回は、かまぼこ約七本入りの紙袋およびみかん三斤入りの紙袋を所持した旅客を乗車させたものであり、他の一回は重さ約三・五斤程度の物が入つた紙袋一個を所持した旅客二人を乗車させたものであることが看守され、したがつて被告人の原判示二回の運送行為は、前説示のようにいずれも有償で旅客を運送したものというべきであり、しかも、被告人は、町の中を流して営業中いつも右程度の荷物を持つた人を料金を取つて運送していたことを認めているのであり、被告人において、原判示各所為当時同様の行為を反覆継続して行なう意思があつたとの原審の認定はこれを肯認するに足るものであり、したがつて、原判決挙示の証拠を総合すれば、被告人において、他人の需要に応じ、軽自動車を使用し、有償で旅客運送行為を反覆継続して行なう意思を有していたことは肯定するに難くない。原判決に所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条により、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 高野耕一 屋宜正一 堀籠幸男)

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